こんにちは。
気づけば学生もキッズ達も始業式で当サイトは遂に春休みオススメ映画一本も紹介することなく終わりました。OMG.
まぁそういう季節柄的なの気にせず勧めたい時に勧めるのが一番ですね。うんうん。
今日は実は公開初日に観に行っていた「リメンバー・ミー」をご紹介。
- 原題:coco
- 製作年:2017
- 公開日:2018/3/16
- 上映時間:105分
- 監督:リー・アンクリッチ
- 声の出演(日本語吹替):アンソニー・ゴンザレス(石橋陽彩)、ガエル・ガルシア・ベルナル(藤木直人)、ベンジャミン・ブラット(橋本さとし)、アラナ・ユーバック(松雪泰子)、レニー・ヴィクター(磯辺万沙子)、アナ・オフェリア・ムルギア(大方斐紗子)他
- 概要:ミゲル(アンソニー・ゴンザレス)は地元出身の伝説ミュージシャン・デラクルス(ベンジャミン・ブラット)に憧れる少年。しかし厳しい家族の掟によって家では音楽を禁じられていた。日々家族から隠れてギターを練習していたが、「死者の日」に音楽コンテストに出場しようとする…
評価:8/10
オススメ:夢と家庭の事情で揺らいでるあなた
個人的なピクサー映画は「アーロと少年」以来ということになるのかな。
音楽が禁じられてる一家に生まれたミゲル。
音楽コンテストに出るために地元が生んだ伝説のミュージシャンでミゲルの憧れ、デラクルスの霊廟に侵入。
手に入れたデラクルスのギターを奏でると…死者の国に迷い込んでしまった!
というお話。(いや、概要に書いておけよ)
まだ映画を観てない方でも予告編やポスターを観た方はあの鮮やかな死者の国は目についたはず。
多分映画史上最高の鮮やかな死者の国ですよね。
なので基本暗さが無いです。むしろ現実世界の方が暗い。
これはミゲルが現実では大好きな音楽を禁じられているからかもしれませんね。
ひょんなことからデラクルスがもしかしたらミゲルの先祖なのかもしれないという期待を持っていくのですが…
メキシコの「死者の日」を題材に主人公のミゲルが死者の国を大冒険。
なによりトランプ政権下のこの時期にメキシコを題材に持ってくるあたりにディズニー・ピクサーのセンスを感じます。
死者の国の世界観も非常にユニーク。
観た直後はすっごい感動しましたが一つ引っかかってた事が。
実際ネットで見てるとそこを指摘してる方もいて大納得だったので、点数としては少し引いたものとなっています。
そこら辺も詳しく語っていきます。
まぁそれでも8点。出来は本当にいいです。
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独特な「死者の国」の世界観
まずはここから。
上記のサントラのジャケを見ただけでもわかる華やかさ。
ディズニー映画、ピクサー映画共通で言えることですが、こういう「世界という箱庭」を作らせたら世界一なところありますよね。
死者の国はそのまま死者の国ですが、住民達は1年に1回死者の日に現実世界に戻れる(もちろん現世の人たちには見えない)という。
日本で言うところのお盆みたいですね。
しかし現世のメキシコへは誰かが写真を飾っていないと行けないというルールが。
そして物語の途中で判明するのですが、写真がない上に人々がその死者のことを完全に忘れ去ってしまうと死者の国から完全に消滅してしまいます。
2度目の死というわけです。
逆に言うと現世の人たちが記憶に残り続ける限りは死者の国で生きれるというわけです。
ミゲルは生者のままこの国に迷い込むことになるのですが、生者は日の出までに戻らないと本当に死んでしまう。
元の世界に戻るには親族の「許し」が必要に。
「インサイド・ヘッド」の時も関心しましたが、この辺の世界観本当によく練られてます。
ミゲルと音楽と家族
先述の通りミゲルは家族に音楽が禁じられていました。
それは先祖のママ・イメルダ(アラナ・ユーバック)の旦那が音楽を選んでイメルダを捨てたため。
イメルダは靴を作り子どもたちを育てていき、それ以来靴一家に。そして音楽は氏ねというわけです。
ミゲルはそんな先祖一家に出会うのですが、イメルダに許しをもらうには音楽を諦めない。
その条件を飲めず彼らから離れ自分の祖先かもしれないデラクルスを探すことに。
途中自称デラクルスの友人を名乗るヘクター(ガエル・ガルシア・ベルナル)とデラクルスに会いに死者の国を冒険します。
最初はヘクターに関して懐疑的だったが、音楽ができたりデラクルスのことを詳しかったりと少しづつデラクルスを本当に知っているんだと思うようになります。
しかしデラクルスと出会いヘクターとの衝撃の事実が待っていました。
ミゲルの本当の先祖は…
ミゲルは中盤までデラクルスが自分の先祖なのではないかという期待を持って行動してきました。
しかし途中でデラクルスがヘクターを殺した事がわかります。
ここで音楽での憧れだけど犯罪者の先祖・デラクルスに「許し」を乞うか、そんなデラクルスと別れ(もちろん殺しのことは知らないが)音楽を禁じることとなったママ・イメルダに「許し」を乞うかという物語上の駆け引きみたいなのが生まれてきます。
最終的には本当の先祖にしてママ・イメルダの夫はデラクルスではなくヘクターの方だったというオチが。
ヘクターとデラクルスは音楽デュオでした。
イメルダは音楽を選んで家族を捨てたと思われていたが、ヘクターは音楽ではなく家族を選ぶ事を決めます。
デラクルスは猛反対しますが押し切って無理矢理帰ろうとしたところをデラクルスに殺されたのです。
デラクルスの代表曲「リメンバー・ミー」は家を離れる際、ヘクターが娘であるママ・ココ(アナ・オフェリア・ムルギア)の為に歌ったものだった事が判明するのです。
そう、ここでタイトル(原題)回収。
ここからラストまで感動シーンの連続なのですが、私はここに引っかかりを覚えたのです。
個人的にはデラクルスが犯罪者で先祖だったとしてそこをどう持っていくかが見所のような気がしたのですが、結局はクリーン?な感じに落ち着きました。
結果的に「逃げ」みたいになってしまったのが残念です。
ネットで見てると「ぼくの名前はズッキーニ」というアニメ洋画を引き合いに出す方が多かったです。
個人的に観てない映画のネタバレは踏みたくないのであまり調べてないのですが、孤児院に行くことになった主人公の話。
両親はロクでもない感じですがその中で彼らが居場所を見つけていく感じの話のようです。
別に先祖がどうこうだからといってそれでも自分は自分であるみたいな肯定的な展開が欲しかったんですよ、私も。
特にそういうの生まれた境遇って自分でどうこうできることじゃないです。
上記の映画のようなそれでも自分の居場所はあるみたいなメッセージ性はあってもよかったかもなぁと。
本作は家族の大切さはとてもよく描かれています。
しかし最近の映画は血は直接繋がってないけど家族、みたいな話も割と多かったので、それらの作品と比べても「どうしてこうなった」感は強く感じるのかもしれません。
余談
あえてここまで触れませんでしたけど、本編の前にアナ雪の短編があります。上映時間22分です。短編とは一体…
「リメンバー・ミー」と比較できて面白いと好意的な意見が意外にも多いのですが、普通に長すぎです。
面白かったけどね。そりゃ本国アメリカでは短編だけカットされるわ。(元々期間限定上映だったというのがディズニーの主張ですが)
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